越田利弥 – 金沢市の公認会計士、税理士

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土地改良区向け 引当金と積立金(積立資産)を区別しよう

多くの土地改良区では、単式簿記で会計処理をしていましたが、2022年4月1日以降始まる事業年度からは新土地改良区会計基準に則って、複式簿記に移行することになります。
移行にあたり頭の中を整理する事項がいくつかあります。
今回はそのひとつ、「引当金と積立金(積立資産)」です。

(その1)単式簿記で、(例えば)転用決済金積立金を積立てていた場合(転用決済金積立金引当金を含む)

間違いやすいポイントは、単式簿記で積立てていた転用決済金積立金を複式簿記では取崩さないといけないのではないかという点です。

これは、転用決済積立金を特定の用途のために預金として積立てていた(=引当てていた)と考えるところから来ているのではないかと思います。
つまり、転用決済金積立金を引当てていたけれど、複式簿記に移行すると計上できる引当金は不能欠損引当金、賞与引当金、職員退職給付引当金、役員退任慰労引当金に限られる(小水力発電がないケース)。
だとすると、転用決済金積立金は引当金に該当しないので取崩さないといけない、という誤解です。

この誤解を整理するためには、引当金と積立金(積立資産)の違いを理解する必要があります。

引当金は計上要件(①将来の特定の費用又は損失、②当期以前の事象に起因して発生、③発生の可能性が高い、④金額を合理的に見積ることができる)に該当したら、引当金として計上することが必要なものです。
引当金は将来発生が見込まれる特定の費用又は損失のうち、当期負担分に相当する部分があれば、発生時の一時費用又は損失にするのではなく、当期負担部分について当期の費用又は損失として予め計上するものです(相手勘定が引当金です)。
転用決済金積立金は引当金の要件を満たさないため(限定列挙されていないため)、複式簿記に移行すると負債として引当金に計上することはできません。

一方で、積立金(積立資産)については、資金を別目的に特定して確保して将来に備えておくものなので、資産という認識を持つのが出発点です(引当金は費用又は損失の発生に備えるものでしたが、積立金(積立資産)は資金の流出に備え事前に資金を確保しておくものです)。
積立金は資産なので、貸借対照表の特定資産の転用決済金積立資産(土地改良区会計基準上の名称は転用決済金積立ではなく、転用決済金積立資産です)に計上できます。
あくまで「計上できる」ですので、計上の有無は土地改良区の判断になります。
ただし、計上する場合には積立資産管理規程を作成し、使途、積立限度額、積立て、取崩し、管理方法を定める必要があります。
これは、特定の用途のために積立てた資産のため、その取り扱いには一定の制限を設けることが主旨と思われます。

まとめると次のようになります。
引当金
・指定正味財産の額に影響
・計上要件に合致すると計上しないといけない
・ただし、計上できる引当金は4つ( 不能欠損引当金、賞与引当金、職員退職給付引当金、役員退任慰労引当金 )に限定されている
→転用決済金積立金は引当金として計上することはできない
積立資産
・現金及び預金の額に影響
・合理的なものであれば、土地改良区の任意で計上できる
・ただし、計上する際には規程を整備する必要がある
→転用決済金積立資産として計上することが可能

なお、特別会計で転用決済金積立金を積立てていた場合は、転用決済金積立金を一般会計に取込んだ上で、上記の処理をすることになります。

(その2)旧土地改良区会計基準で複式簿記を導入済みで、(例えば)転用決済金積立金を負債に計上していたケース

その1に記載したとおり、引当金の計上要件を満たさないため、取崩すことになります。
ただし、取崩すタイミングは、新土地改良区会計基準が適用される2022年4月1日以降に開始する事業年度になり、開始貸借対照表作成時に取崩すことはできないとされています。

なお、新会計基準導入年度に一括で取崩すと財政状態に大きな影響を及ぼすことも考えられることから、最長5年で取崩すこともできるとされています。

補足
旧土地改良区会計基準を適用しておらず複式簿記導入済みでなければ、過去の貸借対照表がないと考えられることから、新たに作成する開始貸借対照表に転用決済金積立金を負債に計上する必要はなく、一括して取崩す(最初からなかったものにする)ことができるとされています(その1に記載したとおりです)。

(その他)職員退職給付引当金と職員退職給付引当積立資産

職員の退職金は在籍年数に応じた支給額が規程に定められているのが一般的ですので、引当金の要件を満たすことになります。
そのため、当期末に自己都合で退職したときに支給する金額の全額を職員退職給付引当金として計上することになります。

一方、職員退職給付引当積立資産の計上は任意ですが、職員の退職時の資金をあらかじめ確保する観点からは、資金を別管理しておくことが望ましいと考えられます。
その場合には、引当金の金額を限度として職員退職給付引当積立資産を計上することができます。

役員退任慰労引当金と役員退任慰労金積立資産も同様です。

まとめ

・引当金と積立金は計上する際の根拠が違うので、それぞれ別個のものと考える。
・ただし、職員の退職金と役員の退任慰労金については、引当金の金額内で積立資産を計上することが可能なので連動することがある。
・引当金の要件を満たさない引当金、積立金は取崩す必要がある。

アイキャッチ画像は農林水産省「みんなではじめよう複式簿記‼」より